2007年 01月 26日
六六といっても、二眼レフのことではありません。ましてやハッセルのことでもない |
研究室にいた頃の友人は東京の斜面地研究のオーソリティで、
私などが足元に及ばぬくらいマメなので、
80年代末から撮っている写真をストックしている。
近年その所在が知られることとなり、
いろいろなメディアに写真を提供している。
私たちは、そのころ建築学科というところの都市計画研究室にいた。
彼が撮っていたのは主に建物の写真で、いわゆる近代建築なのだが、
建物が壊され、写真でしか見られなくなって、引き合いがあるらしい。
彼といろいろと作業をしたり、していなかったその時代に、
院生たちと毎週のように東京中を歩き回った。
その時にみんなで撮っていた写真が出てきた。
「見せる写真を撮ろう」というような大仰な構えとは無縁だったので、
我々は、メモのようなノリでぱちぱちと撮っていた。
だから視点もまちまちだが、
それでも150本ほどの分量でまとまっていると、ちょっとした財産になった。
撮っている時、10数年後に活用するという視点は、
はっきりいって無かった。
しかし、時間が経って価値を増すというのは、
写真というメディアの特性だと思う。
そんなストックが無理なくできたのも、
某企業から委託研究として、
割にまとまった額の資金を得ていたからで、
そのこと自体も、少し今と時代が違った。
そうした資金で撮っていたものをみていると
建設前の六本木ヒルズ一帯の写真がかなり出てきた。
当時、その開発地区は「六六(六本木六丁目)」といわれていた。
(ハッセルとか2眼レフで撮っていたわけではない)
起伏に富む地形を擁した、山の手でも有数のお散歩コースであった。
この六六の写真をどっかでうまく展示できる企画はないものかと、
考えている。
東京の移り変わりを考える上で、
今注目を集めているものの裏側に
見るべき写真、見るべき光景は
数多くある。
最近気になっているのは、
何かを見ることによって、何かを見なくなる、
ということだ。
by waseda_step21
| 2007-01-26 11:18
| 雑談